なぜ、菅原はエシカルハウスをつくっているのか?

自分が住みたくない家に、お客様を住まわせたくない

こんにちは、㈱菅原建築設計事務所 代表取締役 菅原 守利(すがわら もりとし)です。現在、私は「エシカルハウス」という家づくりをしています。
「エシカル(Ethical)」は直訳すると「倫理的な、道徳上の~」という意味ですが、 当社では、お客様や環境にまっとうに向き合うこと、つまり、「人、自然、未来にやさしい」という意味あいで使っています。
「まっとう」に住宅を造るのは「当たり前」のことと思われるかもしれません。 けれど、戦後の住宅業界は「本物」を使った住宅が建てられていないのが実状です。
健康被害の出る新建材や薬剤の多用、結露・カビが繁殖し、冬寒く・夏暑い家。 30年も経たないうちに老朽化し、自然に還らない建材ばかりで建てた環境負荷が高い家。
このような状況に疑問を抱き、ゼネコンから独立して推進しているのが「エシカルハウス」です。
石油由来の製品を極力使用せず、国産の無垢材をふんだんに使った健康的で木の香りがする家。 建築時において環境に負荷を与えない物、改修や解体時においてもリサイクルしやすく、処分時にも環境に影響を与えないものを使用した家。
エシカルハウスは、住む方が末永く健康・快適に生活でき、かつ、環境負荷を極力与えない、まっとうな家、「人、自然、未来にやさしい家」なのです。
まっとうでない家に私は住みたくありません。
自分が住みたくない家に、お客様を住まわせたくありません。 それが、私がエシカルハウスを建てようと思った理由です。

モノづくりは好き。でも、父親と同じ仕事はしたくない!

昔から私は「絵を描くこと」「モノを作ること」が得意でした。 小学校のときの得意科目は図工と理科。 今でも大好きなプラモデルは、子どもの頃からの趣味です。 とはいえ、将来、建築の道に進みたいと思っていたかというと、そんな気持ちはありませんでした。
でも、父親が従事していた土木にだけは、絶対たずさわりたくないと考えていました。
父親に反発していたとか、父親が嫌いだとか、仲が悪かったというわけではありません。 土木の仕事が嫌いということでもないのです。
ではなぜ、土木の仕事をやりたくないと思ったのか。 それは、子どものころ、父と過ごす時間が極端に少なかったのが理由です。
私の父は、単身赴任で、自宅に帰ってくるのは月に一回ほど。 当時は週休二日ではありませんでしたから。 土曜日の夜に帰宅し、日曜日の夜には現場に戻っていきました。
子どもの頃、父と過ごした思い出はあまりありません。 土木の仕事をしていると、家族と一緒にいる時間がとれない──。 幼少期の私は、そんな風に考えたのです。
父が単身赴任だったこともあり、私は母親の実家を頻繁に訪れていました。 母の実家は築250年以上経過した、現在で言う「豪農の館」のような家でした。
大きな梁や広い座敷があり、 囲炉裏に自在鉤が吊られ、茶釜がかかっている。 今でも私が大好きな、昔の日本家屋です。
お盆やお正月には親戚が集まり、従兄弟たちと一緒に遊びました。 里山のような広い庭で駆け回り、蛇をとって祖父に叱られたこともあります。 夏の夜には、従兄弟たちみんなで蚊帳に入って、祖母の昔話を聞きました。
木の温もりに包まれた家で、親族と楽しい時間を過ごせたのは幸せでした。 私の住宅作りのベースは、ここにあると思います。

俺にも技術者の血が流れている!

高校生になり、そろそろ進路を決めなければいけないというとき。 方向性が決まらず、何をしていいのかがわかりませんでした。
この頃、建築の仕事をしていた従兄弟が頻繁に私の家を訪れていました。 自分と同じ技術者である私の父親と語り合いたかったのでしょう。 現場の様子を話しながら「建築の仕事は楽しい」と笑顔を浮かべていたのが印象的でした。
ある日、私は古町の友だちの家に行くため、自転車に乗って万代橋を渡りました。 渡り切ったとき、向かって左手に足場を組んだ建築現場が見えたのです。 現在の「ホテルオークラ新潟」が建築されている途中でした。
幾重にも足場が組まれ、その上で大勢の人が作業をしている。 大きな建物が作られている様子は圧巻で、しばしの間、私は作業風景を眺めていました。
建築がどのようなことをするのか、しっかり理解していませんでしたが、 建物を造る様子を見て、胸が躍ったのです。
今でも覚えています。 ホテルオークラ新潟の前で「よし、決めた!」とつぶやいたことを。 私が建築の道に進む決意をした瞬間です。

「人が集まる家」「温もりのある家」への憧れ

私は東京の建築関係の専門学校に進学し、 専門学校卒業後は知人から勧められたゼネコンに就職しました。 その会社は当時、伸び盛りで、多様な案件を複数手がけていました。
私は現場の監理を行い、その後、営業の仕事もしました。 施工図を描いたり、一般住宅の設計を行ったり。 多忙でしたが、仕事をしているときは楽しかったです。 ただ、心の奥には「住宅を作りたい」という思いが常にありました。
父親が単身赴任で家にいなかったこと、母親の実家で親戚たちと楽しく過ごしたこと。 少人数で過ごす時と、大人数で過ごす時の両方を経験し、 私は家族が触れ合う暮らし、家族が温かく過ごせる家に憧れを抱きました。
家族が集まる場所がある住まい。人の温もりが溢れている空間。 人生の一部である住宅を建てて、住む人を笑顔にしたいという願いを、ずっと抱いていました。

苦しい思いや体験が、建築士「菅原守利」の基礎となっている

その後、私は会社を辞め、自分の事務所を立ち上げました。
すぐに住宅の仕事が入ってきたわけではなく、 当初はゼネコンや有名建築家の建物の施工図を描く仕事を中心にしていました。
プロの設計やデザインに触れ、感心することがたくさんありました。 10年ほど下請けの図面を描き続けたことで、デザイン力が身につきました。
でも、あるとき、急にむなしくなったのです。 『もっと、創造性がある仕事をしたい!』 このままではいけない、図面だけ描いていたのではダメだと思いました。
そんな時、仕事を通じて知り合った人から、住宅設計を依頼されました。 私は「良い家を建てよう!」という強い思いで、 自分の持つ全ての力──120%以上の力を出して住宅設計を行いました。
プランが決まり、施工がスタート。 基礎ができあがり、躯体が建っていく。
住宅が出来上がる様子を見ていると嬉しくて、しょっちゅう現場に足を運びました。 私の妻は、この時の私は「生き生きしていた」と言います。
『もう図面描きだけするのはやめる。依頼が来ても絶対にしない!』 私は下請けで図面を描くことを辞めようと決めました。

素材だけ良ければいいというわけじゃない!住宅性能も大切!

その後も、知人から依頼を受け、数軒住宅を手掛けました。 けれど、なにか心に引っ掛かりが残っていた……。
「本当に快適な暮らしとはなんだろう?」 漠然とした疑問が心の奥底にあったのです。
その頃、私の妻が肌荒れで悩んでいました。 原因を調べる中で、純石鹸を製造販売している会社の理念を書いた書籍と出会いました。 業界は全く違うけれど、体に悪い物は使わないという思いは同じだと感じました。
食事や洗剤、化粧品など体に触れるものは特に気を配り、健康に良い物を選びます。 けれど、人がもっとも長く時間を過ごすのは住宅です。 健康のため一番、気を配らなければいけないのは、住む環境ではないだろうか……。
そのように考えたら、健康に悪影響を及ぼすものを全て排除したくなりました。 ベニヤ板や塩ビなど、石油由来の製品が全部嫌になった。 合板を使いたくないと思ったのです。
自然素材で体に害のない、手入れをすれば長く使える 健康にも環境にも良い材料を使うと決め、素材の1つ1つを探すところから始めました。
木の温もりが感じられるように、室内に木を沢山表して無垢の床材を使う。 壁には最低25年は長持ちし、デザイン性も良いシラスという天然素材を見つけ出し、塗り壁にしました。
自然素材を使うことで家の空気は良くなりましたが、それだけでは「本当に快適な暮らし」とは言えません。家の中に温度差があれば体に影響が起きます。
暑さ寒さの問題が残っていれば、結露が発生します。 結露はカビの原因となり、カビはダニの原因に──。 そして、ダニは鼻炎・喘息の原因となります。つまり、素材だけ良くしていればいいというわけではないのです。
冬の寒さ、夏の暑さを感じない、快適な暮らしを実現するためには、住宅性能の向上が大切です。
私はあらゆる書籍に目を通し、全国のセミナーに参加し、住宅性能を向上させる方法を徹底的に調査しました。そして、現在わたしが新潟支部長を務める「新住協」にたどりついたのです。

新住協は、高断熱を基本性能とした住宅技術を研究開発している技術開発団体です。当時はまだ、高断熱高気密という考え方、施工方法が広く知られていませんでしたが、新住協は冬暖かく夏涼しく暮らせる高気密高断熱の工法を会員に開示していました。
新住協の公開している工法を用いることで、私の建てる家の性能は抜群によくなりました。
冬になると咳や鼻水が止まらなかったり頻繁に熱を出したり、病院に通うことが多かったご家族が家を建て替えたことで健康に過ごせるようになったとおっしゃっています。
冬でも暖かく暮らせるので、室内では裸足で過ごしているというお客様もいます。 無垢の木のぬくもりが肌に心地良いとのこと。
「以前よりも家で過ごすことが多くなった」 「家が一番居心地良い!」とお客様に言っていただけたことがなにより嬉しかったです。

至高の住み心地を追及し続ける


既製品を使わなければいけない、規格通りであらなければいけないという考え方。 私はおかしいと思います。 車のように組み立てられる家に私は住みたくありません。
我々の造った家はお客様の子、孫の孫まで住んでいただくものなのです。
私の母の実家は、250年ほど経過した古い家です。 子ども、孫、ひ孫と代々受け継がれ、250年後に私を含めた子孫が集まって団欒の時を過ごしました。
けれど、合板やビニール、プラスチックなどで仕上げられた家は、250年後どうなるのでしょう?
本物の素材でつくった本当に良い家ならば、多少割れたり、狂ったり、傷がつきやすくても、手入れしながら長年暮らせます。 使い込むことで、ヴィンテージになっていく──。 家具や工芸品などのアンティーク品だけではなく、家も同様です。
集成材、既製品のベニヤの床、ビニールやプラスチックなどで仕上げられた家はこうはいきません。
冬は暖かく、夏は涼しく、快適に暮らせる。 シックハウスやヒートショックなどの健康被害が起きない。 200年は住むことができる。
これは、私にとっては基本中の基本。 「まっとう」なことだと思っています。
私が願うのは、お客様に何事もなく普通におだやかな暮らしをしていただきたいということ。 家族全員で食卓を囲み、会話をしながら食事を楽しむ。 一家団欒の時を過ごし、家での楽しい思い出を作って欲しいのです。
吹雪の日でも、猛暑の日でも、何事もなく穏やかに過ごしてもらえれば、それが一番です。 外に出たら今日は「寒いんだね」「暑いんだね」と感じる。 家の中にいるときは、暑さ寒さがわからないような生活をしてもらいたい。
本当に居心地がよく、健やかに暮らせる家はどのような家か。 お客様とイチから一緒に考えていけば、必ず良い家ができると思います。
これで良いと満足したらおしまい。 私はこれからも、常にお客様にとって、もっともっと良いものをと考え、至高の住み心地を求め続けます。